富士川水運、山梨県立博物館で勉強したさ ― 2024年04月21日 18時30分
富士川を使った物流は300年続いたのだ。
1600年ころから1900年ころに富士川沿いの電車が開通するまで。
山梨県立博物館の特設展で役所の方に教えていただいた。
富士川を行き来していた船は、おおむね
標高300mから距離100kmを行ったり来たりしていただな。
まだ、100年くらい前の話なのに、船が行き来していたなんて
今はなにも、感じられないがな。
( ̄ー ̄)
米が下って、塩が上がってくる。
一年のあいだには、下るのは米ばかりではなかったろうな。
上りも塩のほかにいろいろ上ったずれ。
ひと船で米は25~32俵運べたそうな。
何がどれだけ上がったり下がったりしたか
分かれば面白そうだな。
(*´▽`*)
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